10月31日(日)

 晴れ。7:30起床。宍戸はベッドで熟睡していた。9時に朝食のためにコンザーバトリーへ行く。池上兄弟、河合、伊藤がすでにテーブルについて待っていたが、朝食はまだだという。伊藤がホテルの男に朝食を頼んだら「今日、夏時間が終わったので、今は8時だ。9時まで待て」といわれたという。わたしの時計でも9時過ぎだったので、針を1時間戻した。

 ヘビー級のフル・イングリッシュ朝食をたっぷり食べた。宿屋の玄関に名前が書かれていた。朝食を出してくれた髭の中年の名前と弟の名前らしい。ステーキハウスとも書かれていたからここの売りなのだろう。部屋ではまだ宍戸が寝ていた。

UK04photosUK04photos 10時(冬時間)出発。ロンドンを迂回するM25高速を通り、テムズ川にかかるQueen Elizabeth橋を渡った。

 お昼ころ、サービスエリアで途中休憩。宍戸はチョコバー、良生は子供のおもちゃの土産、良慶は大判のイギリス道路地図8ポンドとスポーツドリンクなどを買っていた。わたしは、「たった2.99ポンド」に惹かれて道路地図を購入。

 さらにもう一度サービスエリアで給油。われわれのフォードのバンは、エンジンはマレーシア製2.5リッターディーゼルで、サイモンによれば1ガロンあたり28マイル走るという。1リッターあたり9.5キロくらいの計算だ。

UK04photos 4時間ほど走って3時近くにルイスLewesに到着。なだらかな高地の凹みに展開した、坂が多く古い街だ。ルイスは古い英語で「丘」という意味だそうだ。紀元前からサクソン人が住んでいたという。

 会場に着くと、宿泊担当らしいちょっと赤ら顔の純朴そうなアシュリーがわれわれを部屋に案内した。UK04photos入り口ロビー階段室の天井に綱渡りの天井画。今日の宿は公演会場の一部にある。さっそく部屋で荷物を解き、ミーティング。中日なので集中力をとぎれさせないように、どんなときでも居場所が分かるようにしておくこと、会場に着いたらいつでもリハーサルができるように待機すること、勝手に漂流しないこと、などを確認する。ワレサキオレガオレガ状況に歯止めをかけようというわたしの魂胆なのでした。

 会場の建物は郡役所として最近まで使われていたもので、ホールはかつての議事堂だったということだ。われわれの公演は、到着したときも進行中だったルイス文学祭の一環らしい。UK04photos

UK04photos ここの館長であるマーク・ヒューイットは、眼がねをかけ、腹がちょっとつきでた教師のような雰囲気をもつ、おそらく50代半ばの男だった。そのマークの妻、パムが待機控え室や建物を案内してくれた。小柄で快活、ちょっと胃が出たおばさんだ。パムは、夕食には寿司を用意しているという。これは坊さんたちには黙っておいて驚かせてやろう。

 ホールに近い待機控え室には、去年京都を訪れたという作家がいた。名古屋でこれまででもっともおいしい日本料理を食べたという。

 マークがワインはどうだ、ビールはどうだと、薦める。自身は相当酒好きと見える。実際、息は酒くさかった。

 会場入り口付近には、受付、バー、フェスティバル参加作家たちの著作などの販売コーナーがあった。禅仏教やダライ・ラマに関する本もあった。

UK04photosUK04photos2階の部屋からは段々畑のような芝生の庭園、住宅、そのはるか向こうに丘が見える。部屋は天井が高く、かつての暖炉の上に大きな鏡、二つの狭く高いベッドに真っ白なシーツとかけ布団がかかっていた。バスルームの衛生機器も真新しいのでごく最近に改修されたと見える。円錐状の真っ白な洗面シンク、便器が美しい。シャワーを浴びた宍戸は、熱い湯が出てやけどしそうだったという。

 われわれの出番前には別の出し物があり、それが終わるのが5:30。われわれの出番が6:30なのでリハーサルの時間は1時間しかない。コンパクトにすみやかにやらなければならない。

 宍戸とわたし以外の坊さんたちは、5時再集合ということにして街に観光に出かけた。宍戸と庭でタバコをすいながら、七聲会のことについて話す。

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 彼によれば、知恩院の30年前の聲明のほうが、現在の七聲会の音程のそろったものよりもいい。その録音を聞いて改善すべきだ、という。わたしは、改善すべき根拠をきちんと提示しないと説得力はないんじゃないの、などと申し述べる。なにか不満をいうときには、だからどうなんだ、といわれたときにきちんと対案を述べないと、単なる愚痴になってしまう。宍戸の「いい」聲明がどう響くのかは興味のあるところだ。ただ、彼のいう「いい」が、信仰との関係でそうなのか、音楽的な意味でそうなのかは、はっきりしない。単純な音楽だとすっきり分類できないところが、聲明の難しいところだろう。

UK04photos 5時に皆が戻ってきた。前の催しが終わった5時半に会場へ行ってみた。狭い仮設の簡易舞台が、半円に囲まれた客席の中央に設置されていた。2メーター近い黒衣の青年技術者とサイモン、マークが急いで準備をした。サイモンが音響・照明両方のコントロールデスクについたので安心だ。ほぼ同じ内容の公演を繰り返して来たので、リハーサルも短めで十分だった。

 8:15、開演。聴衆は満員で160人だった。舞台から見ると、半円にとり囲む客席の下に豆電球の縁取りがあり、クリスマスの電飾を思い出した。

 第1部は、壱越の越天楽をベースに良慶の笙とバーンスリーでデュオ・セッション。笙がまず出てしばらくしてわたしが越天楽のメロディーを吹く。そして即興へ。打ち合わせでは越天楽の最初のメロディーの部分をわたしが二回吹いたら演奏終了ということにしていた。しかし、途中のわたしの壱越ロングトーンで演奏が終わったと判断した良慶が笙を止めてしまった。良慶のソロにバトンタッチしたかったのだが、まあ、これもセッションによくあることだ。バーンスリーのソロは、Madhuvanti。

 タバコを吸いに外に出ると、二人の女性がベンチに座ってタバコを吸っていた。わたしの演奏を誉めてくれたが、タバコを吸うことにちょっと驚いていた。細めの女性は、自分は日本に行ったことはないが、建築家の夫はこれまで42回も日本に行ったという。六本木ヒルズも彼の仕事だそうだ。名前はリチャード・ドューイというそうだ。後で調べてみよう。

 長身細身ジーンズ初老紳士が、わたしのCDはないのかと聞いてきたのでメールアドレスを教えた。日本人青年が一人話しかけてきた。ここの写真学校に勉強していたが学校は終了したので今はしばらく友人の家にいるという。眼をぱちぱちさせる30歳くらいの青年だった。友人というのがかたわらの長身白髪の老女だった。

 7:30ころに第二部開始。甲念仏が終わっていったんわたしは控え室で待機。しばらくして廊下に出て出番まで立って待った。マークがワインの入ったプラスチックのコップを片手に廊下をたむろしていた。わたしのためにドアの開閉をするためだ。

 これまであまり褒めなかったサイモンが、今日の最後の阿弥陀経はすごくよかったという。宍戸の超高速だがソフトタッチに変えた木魚も生きていたのかも知れない。

UK04photosUK04photos 着替え後、建物入り口に近い部屋で夕食。寿司といっていたのだが、生煮えご飯を高圧で整形した巻き寿司が2個、大根の酢の物風、皮の厚い餃子がぺらぺらのプラスチック弁当に入ったものだった。割り箸もついていた。われわれが日本人なので主催者は気をきかしたつもりだろうが、せっかくなのに味がいいとはいえない。宍戸と1時過ぎまでおしゃべりして就寝。