11月2日(火)

 7:30起床。外はどんよりとして小雨が降っている。8時、コンザーバトリーで朝食。わたしとサイモンがフル・イングリッシュ朝食。伊藤は相変わらず昨夜の酔いが残った顔をしている。いつも朝食は食べない宍戸も、トマトケチャップたっぷりかけてポーチドエッグとトーストを食べた。

 サイモンが、9時過ぎに出発準備できた、いつでもOK、といってきた。宍戸にみなにその旨を伝えてもらう。ところが、昨晩、出発は9:30と伝えていたので良慶は朝定例儀式の途中だったり、伊藤はビデオカメラの充電が終わっていないという。良慶うんこ中と聞いたわたしが、今すぐ出発だといわなきゃというと、宍戸がそれだけは止めてくださいとドアに立ちふさがる。なかなか冗談が通じないなあ。

 荷物を積み終わり宍戸と一服していると、サイモンが外のテーブルの下に散らかった吸殻を拾ってごみ箱にいれるようにいう。サイモンはこの辺がとても律儀である。

 予定どおり9:30に車に荷物を詰め込む。伊藤が、ちょっとふらつきながら最後にスーツケースを転がして来た。それを良生が詰め込む。伊藤はこうした積み込み作業などには一貫して泰然と見守るだけだ。

 伊藤の赤目とふらつきはツアー当初からだった。彼は、いわゆる普通の酒飲みを通り越し、依存症といっていい。昨晩は特に多く呑んだらしい。その対外的効果は凄まじい。たちどころにバースBathに向かう車内で現れた。いつもは食べない朝食をたっぷり食べた宍戸が途中で停車を要求。彼は不幸にも伊藤の隣に座ったために、アルコールをたっぷり含んだ彼の強力呼気攻勢に敗退したのであった。われわれの車内の空気量は限られているので、移動のたびの強力呼気攻勢はなかなかにつらい。たまに伊藤に改善を要請するのだが、あっ、ごめんなさい、緩慢目で応えるものの、結局ツアー最後まで事態は変化しなかった。

UK04photos ストーンヘンジのそばの道路を通り、お昼ころバースの街につく。

 サイモンには2時半に同じ場所に迎えに来てもらうことにして、今日の公演会場Invention Arts Centreの前でおろしてもらった。

UK04photosUK04photos さあ、温泉の総本山へ再びやってきた。去年は工事中でやむなく涙を飲んだバース温泉にようやく浸かれる。めいめいが水着とタオルを用意して、街の真ん中のガラス張りの建物へ向かった。宍戸は「今はなき主君に代わって温泉参上」などとうれしそうな顔をしている。主君とは温泉熱愛上人清水秀浩さんのことだ。良生、良慶、河合、動作緩慢伊藤、わたしも期待に胸を膨らませて、入り口へまわった。

 状況は去年とまったく変っていなかった。バリケードが無造作に置かれた青色ガラスドアからは、職人らしい男たちが出入りしていた。期待を込めて開いたドアの向こうをのぞいても、わくわくするような温泉客ごった返し状況にはなく、工事道具が転がっているだけだった。去年の観光案内書には、2002年3月に営業開始とあったのに、どうなっているのだろうか。ともあれ、温泉の総本山で温泉三昧というわれわれの願望は満たされず終わった。

 仕方ないので、われわれの願望方向を中華料理方面に修正した。ローマ風呂あたりの商店街を抜け、大きなデパートのような建物の2階に中華料理屋があった。極彩色の門構えを見つけた瞬間、われわれは温泉入浴願望未達成感をあっさりと克服し、中華料理摂食願望に道を譲ったのだった。

 ビュッヘ方式だった。各自料理をとってくる。春巻き、八宝菜、マーボー豆腐、肉類、焼きビーフンなど。みなどっさりと食べた。この定食の値段がいくらか、という賭けをした。わたしが8、宍戸9、良慶12、良生6、伊藤11、河合13。意外と安い6ポンドだった。良生が賭け金を総とりした。

 中華料理摂食願望達成感で満たされたわれわれは、バースの街をぶらつき、サイモンとの待ち合わせ場所へ移動した。

UK04photos 3時にトラベロッジにチェックイン。宿は、狭くわずかに弧を描いた道沿いに建つ大きなThe Royal Yorkビル内にあった。ウィンチェスターのトラベロッジでもそうだったように、ここでも支払いは現金だった。

 宍戸と部屋に入り、浅いバスタブの湯に漬かり文庫本を読む。それにしてもタブが浅い。全身を浸すことはできない。まあ、それでも久しぶりの風呂は爽快だった。宍戸は完全熟睡しているようだった。

UK04photos 4:45、会場へ向かう。直線距離にしたらそれほど遠くないが、この古い街は道路が入り組み一方通行が多い。10分くらいかかって、Invention Arts Centerに着いた。教会を思わせる小さな建物の大きなドアはロックされていた。そのドアには、七聲会のポスターが貼ってあった。ノックし続けていると、ひょろっとした30代中半男が現れた。その男ジョナサンが、PA機材や使用していない椅子が雑然と積み重なった半地下の狭い控え室に案内してくれた。

UK04photosUK04photos 照明器具や音響機器、椅子、テーブルが雑然と散らかっているライブハウスのようなホールに入る。去年ここで演奏したのを思い出し、なにげなく全体を眺めていると、鼻に小さなピアスをしたかわいい顔のデボラ、音響担当の線の細い感じのジェイミーが現れて準備を始めた。黒い前掛けをしたデボラは、ジョナサンと片付けをしつつ、われわれに飲み物を作ったりとてきぱきと働く。ジョナサンは照明の角度、掛け軸かけなどをはしごに上ってサイモンと作業する。

UK04photosデボラ
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 6時近くにリハーサルを始めた。今日のセットは昨日と同じだ。まず、バーンスリーソロのマイクをチェックした。デッドな空間なので思いきりリバーブを効かせてもらう。ついで、全体の流れのチェック。サイモンが、ジェイミーとジョナサンに詳細を説明しているので心配はない。7時にはリハーサルが終わった。UK04photos

 わたしは事務所のコンピュータを借りてメールチェック。ウィンドウズマシンでブラウザを立ち上げたが日本語がぼけて読めない。訴えると、ジェイミーが日本語も使えるようにソフトをダウンロードしてくれる。彼は自分ではiMacの15インチ版を使って視覚デザインをやっているという。ウィンドウズはダサイ、といったら大きくうなずいた。

UK04photos 本番前にデボラがやってきて、上の階から半地下の控え室に誰も入って来れないように白い鉄扉を閉めた。それを見た僧たちは、牢屋だあ、とはしゃいで写真を撮る。サイモンがやってきて「今日は前売り予約客が一人しかいないそうだ。まったく客がいないということもありそうだから覚悟したほうがいいよ」という。

 本番は約10分遅れ。作務衣姿の3人の演奏を客席から聞く。聴衆は20人ほど。なかに日本人らしい若い女性もいた。会場が閑散としていて解説にも力が入らず、しどろもどろになってしまった。ソロは、Jaunpuri。

 休憩後、第二部。舞台袖に退路がないのでわたしはずっと座ることにした。これがけっこうつらい。右肩が重く感じた。

 10時前に終演。いそいで片付ける。着替えていると、日本人女性がきて挨拶していた。3ヶ月ほどの予定でバースに滞在しているという。下宿先の人に誘われて来たという。

 ギャラの清算に手間取り、ホテルについたのは11時だった。夕食は同じ建物にあるパブへ行くことにしたが、池上兄弟が部屋からなかなか現れない。サイモンは、今日はもう寝るといって部屋に戻ってしまった。ようやくやってきた兄弟が加わり、外をぶらぶらと歩いた。この辺はみな店が閉まっている。ときおり、若者たちが固まりになって歩いていた。河合と良慶がどんどん先に進むので、わたしも先にホテルに帰り、ソファベッドを組み立てて就寝。