2018年8月14日(火) メキシコ3週間よれよれ日記  前の日 次の日


 晴れ。8時起床。昨日の日記を書いて久代さんに送信。
 10時45分、マリナと坂を下って「ドーニャ・マルセ」へ。
 途中コインランドリー店を教えてくれる。ホテルに滞在して4日になり、たまってきた洗濯物をなんとかしなければならない段階だったのだ。コインランドリーの存在を知ったのはよかったが、結局その後ホテルのレセプションにまとめて出すというスタイルになった。

ブランチ

 今日は「ドーニャ・マルセ」で朝食とランチを兼ねたブランチだった。朝昼晩と招待の食事はありがたいが、朝は貴重な自由時間だし、夕食はたいていは9時か10時すぎになり、いつも夕食を夕方の5時頃にとる習慣のワダスには胃が重くなり辛い。というわけで、この日からはブランチ方式を取ることになったのだった。
 コーヒー、レタス、トマト、アボカド、茹で人参、カリフラワーなどの野菜に、炒めた鶏肉を緑と赤のソース、マヨネーズをつけて食べた。久しぶりの野菜たっぷりの食事だった。商工会議所のロシオが友人とテーブルを囲んでいた。食べていると、スネアだけのドラム、アコーディオンのバンドが店の前でいきなり演奏を始めた。10ペソのチップをあげた。

カラヴェリタスWS

 12時10分、マルコス・ヒメーネス文化館でのWSに参加した。昨日と同じフロイランの指導だ。美人妻のヴァレンティーナもきていた。針金と白い紙を使って骸骨を造形するというカラヴェリタス(髑髏の意味)がテーマだった。自分がいかに不器用かを思い知ったが、なかなかに楽しいものだった。最後に全員で記念撮影。2時半、ホテルに戻る。上り坂がきつい。

洗濯物

 下田と洗濯物を持ってマリナが紹介してくれたランドリーへ行ったが、閉まっていた。昼休みだろう。場所を尋ねた警官が「5時に開く」と言っていた。ホテルに戻ってレセプションの女性に「洗濯機はあるか」と聞いた。スペイン語で説明するがなかなか伝わらない。「ああ、ありますよ」となんとかわかったようだ。「でどうしたらいい」「だったら私にそれを下さい。こちらで洗濯しておきますよ」ということになった。いつ出来上がるかとか尋ねたはずだが、ワダスと下田のスペイン語力では伝わらない。結局、袋に入れたパンツも靴下もTシャツを渡すと次の日には出来上がり、それがたった40ペソ(240円)というのがありがたい。
 プリシリアーノの店アシエンド・カフェでコーヒー。この店ではいつでも無料でコーヒーが飲める。
 6時10分、マルコス・ヒメーネス文化館へ行ったが今日の講師であるプリシリアーノがいない。
 象くんが居合わせた2人の男と話していた。一人はバハ・カリフォルニア出身のエンジニアの純朴そうな青年ペドロ。大学の時に1年ほど日本語を習ったという。現在は、アボカドの二次製品の工場で働いている。タカンバロはアイスクリームで有名だと、近くの店で沙也加、夕紀にアイスクリームを買ってくれた。
 もう一人は真っ赤な野球帽をかぶった小太りの老人、チャーリーことカルロス。白く長い髭、年齢は70歳という自称「ホーボー」。自然素材だけを使って斧とかドリームキッチャーを作るといい、見せてくれた。英語は堪能だ。「職業は?」と聞くと、絵、彫刻、写真も撮るアーティストだが、大工でもあり金属加工職人であると。亡くなった母親は2回日本に行ったという。40歳になる双子の息子がいて、今アメリカに住んでいる。もらったメールアドレスに受講中の写真を送った。

ウアルクアWS

アン・テレサが説明しエステバンが通訳 左からマリセ、ルビ、マリナ

 しばらくしてプリシリアーノが、ウアルクア(火の玉ホッケー)のスティックやボール、ボール製作用のロープやボロ布を持って現れた。まずウアルクアの発生などについて説明。
 必死になって説明するが、英語が今ひとつなのであまり理解できない。
 ウアルクアは、スペイン人がやってくる以前のプレペチャ人たちのゲームという。自分は家族から教わったのでなんとか広めたいと思っている。しかし最近の若者は、そりゃなんじゃ、と知らない。そこで広場でゲームをして、わかってもらう活動をやっている。ゲームや由来の説明をいちいちしなければならないので、奥さんのアン・テレサが絵本を作りそれで説明するという。
 丸くカットした木製の玉にボロ布を何重にも巻きつけ、最後は白いひもで縛って作る。角が熱心にひもを巻きつけていた。
 テーブルがセットされ、その上でひも巻きつけていくのを皆が見守る。ただ見るだけになってしまったので、我々以外の数名の現地の受講者も退屈そうだ。昨日、実際のウアルクア・ゲームにも参加したころんとした30歳くらいのマリセラとタバコを吸ってワークショップの様子を眺めた。
 プリシリアーノの妻アン・テレサが、彼女の書いたウアルクアの神話と遊び方の本をスペイン語で読み上げた。それをマリナのいとこのピアニスト、長身で額の広いハンサムなエスティヴァン青年が英語に直し、それを下田が日本語にしてみんなに説明した。下田の日本語は山形語になっていた。エスティヴァン青年は、ワダスのレクチャーの通訳をすることになっている。

 以下は、横尾さんがアン・テレサに頼まれて訳したもの。
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神々のあそび
(横尾のへっぽこ山形弁バージョン)

(絵本の4ページ)
プレペチャのじさまとばさまによると、とんと昔、空でいくさがあったど。
“アチュリ・イレぺ”ちゅう夜の神様と、“クパンツィエリ”ちゅう、西さ住むじさまの神様のいくさだっけど。どっつも“タリアクリ”ちゅうプレペチャのいづばんでえじな日の神様の分身だっけど。
ほんで、くれえ方がええだの、明るい方がええだの、いくさしとったど。

(6ページ)
くれえどこさ住んどったアチュリ・イレぺは、クパンツィエリさ、玉遊びばしかげだど。
なげえこどたたかって、ついにアチュリ・イレぺが勝ったど。クパンツィエリはじさまだったもんだから、くたびっての。

(8ページ)
アチュリ・イレぺはクパンツィエリにとどめばさした。ほんで、クパンツィエリの家のある、サコナちゅう村さ、埋めだと。

(11ページ)
ほんでもって、サナコ村は、くれ~~~~~~ぐなったど。

(13ページ)
そっからしばらく経った。アチュリ・イレぺは、クパンツィエリに若い世継ぎが生まれたとは、しゃねがった。そのわけえ太陽の神は、シラタタぺツィちゅうて、東さ住んどった。
ある日、シラタタぺツィは弓と矢もって狩りさ出だ。イグアナばしぇめっどこ、ほのイグアナがしゃべったど。
「おらば射るな。おめさいいでえごどある。おめえの本当のとどは家におらん。アチュリ・イレぺの家さ戦いに行ったが、負けて生贄にされだっぺ。」

(14ページ)
シラタタペッツィはこりゃたまげだ。わらわら西のサコナ村さ行って、とどの墓見つけて、掘り返したど。死んだとどばしょって、東の家さ向かった。

(17ぺージ)
途中、シラタタペッツィは草むらさウズラの群れば見っけだ。んだども、シラタタペッツィさ気づいだウズラだづ、バサバサ~と飛んでった。ほんで「矢で射るべ」ど、しょってだとどば、いっぺん地面さおいだど。ほったば、しんだはずのとどが、鹿さ生まれ変わっだど! ほうして、とどとあんつぁ、一緒に走って、また大地が照らしたど。

(19ページ)
プレペチャのじさま・ばさまによっと、このいくさは毎日、日の沈むころにあるんだど。昔、玉遊びで、夜の神アチュリ・イレぺに負けだども、その息子シラタタペッツィが父親を救ってからどいうもの、太陽はまた東から生まれるようになったど。

(20ページ)
そっからというもの、プレペチャのじさま・ばさまだづは、かみさまだづばまねて、火の玉遊びばはじめ、その遊びば、“ウアルクア”とよんだど。
そのために、カラシ・アナタプちゅう木さお願えして、その木ば切って杖作った。プレンチクアちゅう木からは、玉ば作った。

(21ページ)
木の玉にはマツヤニば塗ったくり、火ばつけだ。太陽ば思い出すためだ。太陽はいくさ人だげでなく、玉でもある。空で神々が転がす太陽だ。

(22ページ)
じさま・ばさまだづの、火の玉遊びの用意ができたとき、夢の中に、サラタンガちゅう女神様が現れて、こういったど。
「おめえだづ、おぎろ。おらはサラタンガだず。北さ行げ。そごさおらの寺がある。おら、そごさいくで、途中の道とそこばきれ~にしろ。そごが、玉遊びの場所だ。

(24ページ)
じさま・ばさまだづは目覚めだ。女神さまのいう通り、北へ向がった。そして寺を見つけだ。
玉遊びは、維持の女神である、サラタンガさまへ捧げることになった。
ほんでもって、そっからは、ウアルクアは、地上の神々のあそびを表すものになったど。

トンピンからリン。
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 最後に、アン・テレサが一人一人にメッセージを書き加えて本をプレゼントしてくれた。
 ベニートの店でのディナーはワダス以外の全員が参加。ワダスは膨満感が強くてパスした。
 一人でホテルに帰り日記を書く。
 10時前にディナーからメンバーが戻った。ピザとサラダというシンプルな夕食だったらしい。
 角、象くん、下田とメスカルを飲みながら1時頃までおしゃべりして就寝。

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