リシャール・レアンドル航空券不携行事件  Acte Kobe2001

 市バスで関空に着いた先着AKFの面々は、膨大な荷物を引きずりつつ、KLMのあるDカウンターへ向かうのだった。まず、カウンターへ行く前に預け入れ荷物のX線検査。赤のこぶりのトランクを通過させたイヴェットが、係官に「開けてくれ」と要求された。しぶしぶ従った彼女には事情が飲み込めない。係官は、絵はがき、おもちゃ、食べ物、茶碗などの小物土産の詰まったトランクを掘り進めていく。X線がトランクの中にある花火セットを発見したのだ、と係官が説明する。最初は不信感を隠せなかったイヴェットが、「あー、ウィー、ダコー」と花火セットを引きずり出した。「なんでダメなんだ?」という顔をしつつ、書類にサインし、わだすに花火セットを手渡した。彼女は、搭乗機を爆破する計画だったようだ。
 リシャール・レアンドルの巨大なコントラバスも検査の対象になった。すでに首周りを汗でびっしょり濡らしたリシャールが、わだすが理解できないということを理解できないままフランス語でぶつくさと話しかける。おそらく、「これってちゃんとパックするのは大変なんだ。楽器なんだとちゃんといってるんだからなにも検査しなくともいいのに。ヒロス、なんかいってくれ」とつぶやいていたのであろう。わだすが、ジャン・ピェールの通訳で「コントラバスケースに機関銃を積み込む人もいるのだ」と説明すると、リシャールは「ウィー、ダコー」と観念した。
 こうしてカウンターまでたどり着いたAKFの人たちは、歳森・下田号のセント・キャサリン組到着を待たずにチェックインの手続きを始めた。事態は順調そうに見えたので、わだすはカウンターの外で立って待っている稲見さんのところへ行き、やれやれ、などとおしゃべりをしていた。と、手続きを進めるフランソワーズの周辺がざわつき始めた。川崎選手が、深刻かつ嬉しそうな顔で「リシャールが航空券をもっていないらしい」と報告に来た。「え っ」と思ったわだすは、やはり深刻かつ嬉しそうな顔でフランソワーズのところへ向 かった。
 フランソワーズがリシャールから聞いた話によると、たしかに彼は航空券をもっておらず、バールがもっている、ということだった。なぜそんなことになったのか、理由は分からない、とリシャールは腕を広げて説明する。ちっとも深刻そうな表情ではない。脳内断線的視線浮遊状態のフランソワーズは、「What to do?」とわだすに問いかけた。バールと連絡を取ってみよう、ということになり、川崎選手が携帯電話をかけたが、バッテリー切れで通話断念。稲見さんの携帯を借りて、タワーサイドホテ ルの人にバールの所在を尋ねた。部屋にはいない。朝食を取っているかも知れない、食堂はどうか。散歩に行っていたら最悪だ。緊迫した状況が続く。そうしたやりとりを見つめるリシャールの表情は無邪気なのであった。目を合わせると、ウィンクまでする。
 航空会社の女性職員に最悪のシナリオと対策を尋ねた。「チケットがないと搭乗できませんので、チケットがこちらに届くまで滞在することになります」「でも、この人達は団体だし、このフライトは始めから決まっているのでありますから、そんなこといわんと、なんとかでけへんのんでっかあ」「ダメなのです」「じゃあ、もし、ここに航空券をファクスしてもらったらどうなりますか」「それでしたらなんとかなります。仮の航空券を発行するという形になり、それには95ユーロほどの手数料がかかります」。ようやく視線の定まってきたフランソワーズはそれを聞いて「ウィー、ダ コー」とうなずく。すでに手続きを済ませたAKFの面々は、ンモー、という表情で周辺をうろうろする。
 バールとようやく電話がつながった。「という事情が発生してるけど、リシャールの航空券、本当にもってるの?」「はっ、はっ、はははははははは。そうなんだ、どういうわけか」「じゃあ、今からいう番号に急いでファクスで送ってくれる?」「そうする」。後で聞くと、バールもその状態に気がつき、久代さんやKLM事務所やAK事務所にいる森チャンにあせって電話をしまくっていたらしい。ちょうどKLM事務所への電話中に、わだすからの依頼でホテルの人が彼を捜し出したということだった。
 ともあれ、こうして、巨大楽器とトランクを抱えたゼニのないフランス人バス奏者が空港に放置される事態はなんとか避けられたのでありました。それにしても、リシャールの無邪気的脳天気さは、すごいとしかいいようがない。パスポートを提出し、必要書類にサインしなければならないときにも、彼はカウンターになど張りつかず、だれかとしゃべっていて、わだすは「おい、リシャール」と叫ばざるを得ないのでありました。
 そうこうしているうちに、後発組が合流し、彼らは無事、フランスへ帰っていきました。アラン・パパローンからメールが届いたので、われわれと同じようにやれやれ感に浸っていることでありましょう。ぎりぎりのところで、スリルを味会わせてくれ たAKFとリシャールに感謝しよう。
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 そんなこんなの顛末の後、ホテルに戻ると、バールがぽつねんとロビーに座っていました。リシャール顛末を報告すると笑ってはいましたが、やはり、彼がなぜリシャールの航空券を保持していたのか分からん、とのこと。ともあれ、東京へ向かうバールを新神戸で送り出し、事務所の片づけに戻りました。