Acte Kobe 2000・・・(三日坊主よれよれ日記)2

3月12日(日)
 時差ボケ不完全睡眠のまま8:00起床。キッチンで湯を沸かし、大量のインスタントコーヒーを摂取し、日常定期業務を終了。初めて入った進藤の部屋には、テレビ、電話、ソファ、机などがついて、われわれツインにはない快適さだ。進藤は、日仏間のみ使用可能という携帯電話をもっていたので、それを拝借して日本の自宅に電話。
 前夜、アランDが「朝食を同じカフェで。息子のアレキサンドルも来るかも」といっていたので、東野、進藤と徒歩でカフェに向かう。日曜日のせいか、通りにはあまり人影は見られない。歩いていても、いわゆる白人の姿より、アラブ系の人たちが目につく。街は、古い石造建築と近代建築が混在していて、やや落ち着きがない。カフェまでは徒歩で10分くらい。イスとテーブルが歩道まではみ出している典型的なカフェであるLe New Yorkは、マルセイユの観光スポットであるヴィユー・ポールVieux Port(古い港)に面している。丘の上に立つNotre-Dame De La Garde(港を見守る聖母マリア)を見上げると、地中海の明るい陽光が眩しいほどだ。まだ学生だった28年前に同じ光景を見たことを思い出した。
 カフェには、ベージュ色つなぎの上にジャンパーを着たアランが一人でわれわれを待っていた。無職の初老ペンキ職人といった雰囲気。アレックスことアレキサンドルは、まだ寝ているという。アランは、今回のイベント期間中、ここから近いアレックスのアパートに泊まっているのだ。
 ほんのちょっとフランス語の分かる進藤を交えて、アランとたわいのない会話を楽しむ。東野とぼくは、ほとんどフランス語は分からない。しかし、昨年彼の家にホームステイしているので彼のしゃべる内容が体感的に理解できる。クロワッサン、コーヒーの朝食をとっていると、散歩してきたという森信子、杉山、カマチャンがやってきた。三人ともとても元気がいい。
 全員でヴィユー・ポールの魚市場のあたりを散歩した。小さな屋台が岸壁に沿って10軒ほど並んだ小さな市場だ。アンコウなどのグロテスクな深海魚、アジに似た魚、イカ、タコなどが木箱の上に並べられている。係留された漁船にも獲物がころがっている。観光客市場のような雰囲気。港には、大きな周遊観光船も係留されている。
 フランソワ宅滞在組を除いた全員がホテルのロビーに11:30に集合し、地下鉄に乗る。地下鉄のColbert駅構内は全体に素っ気なく、がさつな感じがする。あまり地下鉄に乗っていないバールが自動発券機でグループチケット購入操作に戸惑っていると、大きな犬をしたがえた係員がやってきて説明する。一人だと9フラン、約150円。Castellaneで乗り換え、Perierで下車、市内を東西にはしる広いプラド通りに出る。そこから、今回の会場であるGMEMまでは歩いて二三分である。
 バールは、まず、われわれをHotel ibisの1階食堂へ案内した。食堂には、AKFのメンバーたちがすでに集まっていた。入ったとたん、去年会ったメンバーと抱擁頬合わせが入り乱れる。隣に痩せたハムスターのイメージのジジ、向かいには、小児麻痺で手の使えない画家クロードと奥さんのエベッタが座る。しばらくして、角、稲見、川崎も合流。
 ランチは、壁際のテーブルにおかれた料理を、めいめいが好きなだけとるビュッヘスタイル。テリーヌ、各種ハム、ローストビーフ、クスクス、トマト、レタス、ピクルス、オリーブの入ったサラダ、ヨーグルトで和えたゆでジャガイモ、タルト、フルーツそしてワイン。第1回目ランチ参加者は、約60名。すごい人数だ。
 ランチを終えたわれわれは、道路を挟んで真向かいにあるゲートをくぐり、会場のGMEMに移動。ゲート周辺には犬の糞が散乱し、不覚にも一部を踏んづけてしまった。あたりには、ヒノキのような強い匂いが漂っていた。左手の建物の壁にはプラスチック容器が重ねてあったので、なにか香料の工場なのだろう。GMEMは、ゲートをくぐって右に折れ曲がった通路の奥にあった。何の変哲もない外観の2階建ての建物。長方形の縦半分が吹き抜けの大きな空間、もう片方が2階建てになっていて、事務所やスタジオなどある。入り口のところでは、レイモン・ボニとクロード・チャミチアンが大鍋を抱えて動き回っていた。彼らは、まかない担当ということか。
 今回の参加者がほぼ全員集合したところで、バールが活動の概略と今日の予定を説明。フランス政府給費留学生としてマルセイユで絵の勉強をしているという鳥居ヨシナリ君が、ときどき奥さんの助けを借りながら通訳。男っぽい顔立ち、長髪の鳥井君の声は、朗々として太く響く。バールの説明は、時系列を無視した簡単なものだったので、われわれは、すぐこれから何をすべきなのかが分からない。渡されたメモには、今日はぼくの聲明と、ジャン・ピエール・ジュリアン、ジョルジュ・プティット、クロード・アバなどによるライブペインティングのワークショップと書かれてある。だから、ぼくはすぐに参加者を募って始めてもいいのか、と睡眠不足朦朧状態で考えているうちに、全体の集中がにわかに乱れ、みんな勝手に動き始めた。そうこうしているうちに、楽器をもった連中は準備をし、メインの空間や2階のスタジオなどで、バラバラなセッションのようなものが始まった。のっけから、フラジリテの始まりである。
 なんとなく、もう一つの会場である Edition Parenthesを見に行くというささやきが聞こえる。隣にいたアラン・パパローンも、「ヒロシ、一緒に行こう」というので、彼の友人のフランシスの車に乗り込む。アコードだった。他の人たちは地下鉄に向かった。フランシスは、AKFの会員ではなく、南洋木材の取引で年に一回日本へいくというビジネスマンだ。中国語ができるという。神戸にも何度も行っているらしく、淡路島も知っている、などという。
 水の流れる公園に面したビルの1階にある Edition Parenthesは、奥行きが深い。普段は本屋、ギャラリーである。公園周辺の様子は見覚えがある。去年訪れたジュヌビエーブのスタジオがたしかこの近くのはずだ。なかでは、これまでのAK写真プロジェクトの写真や平面作品が展示されていた。
 しばらくいて、地下鉄で再びGMEMへ戻る。メイン空間内は相変わらず勝手セッションが進行中だった。ぼくは、用意してきた般若心経のローマ字表記をコピーしつつ、始めるタイミングを計る。ようやくバールが、勝手セッションを鎮め、HIROSの聲明ワークショップだあ、といってくれる。
 聲明ワークショップでは、5人のコントラバス奏者にドローンを演奏してもらった。AKFには、バールの関係からコントラバス奏者がやたらに多い。参加した奏者は、バスティアン・ボニ、アマンダ・ギャルドン、リシャール・レアンドル、ステファノ・フォーゲル、クリスティアン・ブラズィエール。声の参加者は、日本人も含め20名ほど。声量が足りないので思ったほど倍音効果はなかった。ダンスのドミニク・ペリエール、スィルヴィエ・クニエコウも参加。ほとんどフリー即興のセッションが多いなか、こういうヘンなものもあってもいいだろう。ビデオカメラを離さないヤシャ・アジンスキー、カマチャンが、頻繁に移動してワークショップやスタジオの様子を録画していた。
 ぼくのワークショップが終わり、再び混沌状態。ぼくは、やることがないので、中島、東野、TOMO、森を散歩に誘う。外はちょっと寒いが、晴れていて気持ちがいい。Edition Parenthes周辺のカフェにでもいこうということになり、地下鉄に乗る。しかし、Notre-Dame-du-Mont駅で降りるべきところを一つ手前のCastellaneで降りてしまった。地上に出ると、サークル道路中央に凱旋門があり、違った駅に降りたらしいと判明する。とりあえず、目についたバーに入り、TOMO、HIROS、カマチャンはビール。いかにも飲んべえに見える東野は、実はアルコールがだめで、縁にざら目のついた不思議な飲み物を注文した。中身はアイスティーだった。
 歩いてGMEMへ戻る。すでに、クロード・アバたちのライブペインティングが始まっていた。見ると、通訳手伝いのはずの留学生、鳥居君も鉢巻きをして参加していた。1階、2階のスタジオでは、それとは関係なしにミュージシャンたちが勝手にセッションを繰り返し、それを録音している。それらの様子をヤシャとカマチャンが飛び回ってカメラをまわす。
 こうした混沌の中、コントラバス奏者のクロード・チャミチアン、ギター奏者のレイモン・ボニ、レイモン配偶者振り付け師ジュヌビエーブなどが夕食準備に忙しい。すらっとした銀髪のジュヌビエーブは、昨年、下田が「むっちゃかっこいい」と評した振り付け師だ。その彼女も、トマトやナスなんかを外に運ぶのに忙しい。どうも、今回レイモンたちは、演奏をせずにひたすら食事当番の役を引き受けたように思える。彼らは、あいた時間に2階のキッチンおいてある楽器で演奏はしていただが、全体のワークショップには加わらなかった。小太り黒髪ジプシーギタリストのレイモンは、本当はすごいミュージシャンなので、演奏を聞けないのはさみしい。
 9時半ころ、パスタの夕食。大鍋のところには、大皿いっぱいのオリーブ、蛇口のついたプラスチック容器に入ったワインがどっさり用意されていた。
 ホテル組は、食事が終わるとタクシーに分乗してホテルに戻った。ホテルに到着してから、スケジュールと日本サイドの希望をバールに確認しておかないとこのままズルズルと進んでしまう、という危機感から、川崎がバールとの打ち合わせを熱心に要望。睡眠不足よれよれ状態のぼくも、同席した東野、小島、石上も、長かった一日の疲れで朦朧状態だった。12時すぎに散会。